オリンピックまで後1年。新種目のサーフィンの期待の選手と見所を今からチェック。

サーフィン 競技種目

サーフィンの歴史

サーフィンというと、最近のスポーツというイメージがあります。実は遠い昔から楽しまれてきたスポーツです。
ハワイやタヒチの古代ポリネシアの人たちが、漁のためにアウトリガーカヌーというカヌーを発明しました。このカヌーは浮が付いていてとても浮力に強く、漁のあと島へ戻るとき島に打ち寄せる波に乗りながら戻ってきたわけです。カヌーは徐々にサーフボードの原形となって、古代ポリネシアの人たちの盛んなスポーツになりました。
あのカメハメハ大王もサーフィンを楽しんでいますし、口伝で伝えられてきたチャンツという詩には、サーフィンに対する古代ポリネシアの人たちの熱い想いがいまもなお伝えられています。

サーフィンの禁止と発展

サーフィンの禁止と発展
ところが18世紀にヨーロッパの文化や宗教が押し寄せてきて、宣教師が布教の妨げになるサーフィンを禁止してしまったのです。ただワイキキの海岸だけはなぜか黙認されました。
ハワイの人たちはワイキキでサーフィンをしながら、その楽しさをずっと忘れませんでした。その後ハワイへの移住者が増え急速に観光地になっていくと、ライフガードの必要性が高まってきました。

デューク・カハナモク

ハワイにライフガード組織が生まれ、カハナモク家が重要な役割を果たします。そのカハナモク家から、いずれ「近代サーフィンの父」と呼ばれるデューク・カハナモクが誕生するのです。
ライフガードの家系出身のデュークは水泳が得意で、1912年ストックホルムオリンピックに出場し100m自由形で易々と世界新記録を打ち立て、17年間トップを突っ走りました。デュークはサーフィンも得意で、可能な限り世界各地でサーフィンを披露しました。サーフィンというスポーツを普及させていったのです。これが「近代サーフィンの父」の呼ばれる所以です。
デュークのおかげで世界中でサーフィンの人気が高まり、各地でサーフィンクラブが発足しました。サーフィンクラブはそれぞれにサーフボードを発展させていき、現在プロも使うグラスファイバーとウレタンフォーム製のサーフボードも生まれました。

ショートボードの誕生

ライティングテクニックの技術も同様に向上して発展していきました。この発展のとき、東京オリンピック2020でも採用された”ショートボード”が誕生したのです。
古代ポリネシアの人たちは長さが9フィート(約274センチメートル)以上のロングボードでサーフィンを楽しんでいました。しかし、長さ6フィート(約183センチメートル)前後のショートボードにすると動きが細かくなり、先端を尖らせることによって細やかなターンを可能にしたのです。
細かいターンは縦の動きを可能にさせ、サーフィンの技に立体的な動きを追加しました。
サーフィンの進化は止まらず、サーフボードに帆(セール)をとりつけたウィンドサーフィンや、ジェットスキーの力を借りることで、不可能だったビッグウェーブの波に乗るトゥーインサーフィンなど、他のスポーツも誕生していきました。

日本のサーフィンの歴史

日本のサーフィンの歴史はとても浅く、1960年代から始まったと言われています。それまでにも遊びのひとつとして”板子乗り”がありました。しかし漁をする海で遊ぶことが良くないとされていたため発展することはありませんでした。
第二次大戦後、横須賀に進駐したアメリカ軍が湘南の海でサーフィンしたり、千葉でサーフィンをしているのを見かけて地元の少年たちが自作で”フロート”と呼ばれるサーフボードを作成し遊びはじめたのが日本のサーフィンのはじまりです。
1965年に日本サーフィン連盟(NSA)が発足、その翌年に第一回全日本選手権が行われました。そのとき優勝したのが川井幹雄さんで続けて三連勝し、その後もサーフィンで目覚ましい成果を挙げレジェンドと言われる人物になっています。日本サーフィン連盟は1984年国際サーフィン連盟に加入し、その後世界中に選手を派遣してきました。

東京オリンピック2020の展望

東京オリンピック2020の展望
東京オリンピック2020のサーフィン競技会場は釣ヶ崎海岸で、千葉県長生郡一宮町にあります。良質な波に恵まれ、条件が揃えば上級者向けの波も来るので、世界中のプロサーファーたちが集まってくる場所です。
住所:千葉県長生郡一宮町東浪見6961-1

ここではハイレベルな技が繰り広げられることから、通称「波乗り道場」とも呼ばれています。この釣ヶ崎海岸出身の東京オリンピック2020の有力候補がいます。

稲葉玲王選手

2007年10歳のときに日本サーフィン連盟(NSA)全日本選手権キッズクラスで準優勝、NSAトータルランキング2位の座に着きました。3年後には13歳という若さでプロトライアルに合格し、史上最年少のプロサーファーになっています。
2013年16歳のときISA世界ジュニア選手権で4位をマークし日本人として歴代3人目になる表彰式も経験しました。その後も世界で活躍を続け、2019年5月に東京オリンピック2020の開催地である釣ヶ崎海岸でQS6000一宮千葉オープン3位を獲得。オリンピック強化指定選手の最高レベルであるA指定に指定されています。

大原洋人選手

同じく釣ヶ崎海岸が地元の大原洋人選手。東京オリンピック2020では24歳を迎えている選手ですが、父親の影響で8歳からサーフィンを始めました。
13歳のときに、日本サーフィン連盟(NSA)の全日本選手権に優勝、U-16の年間チャンピオンを達成してアマチュアの頂点に立ちました。さらに年を越えず、日本プロサーフィン連盟(JPSA)から公認プロの資格を得て、ワールドサーフリーグ(WSL)でU-16の年間チャンピオンを達成したことで華々しくプロデビューを飾りました。
その後も海外での活躍を続け、ワールドサーフリーグ(WSL)のチャンピオンシップツアー(CT)の予選リーグであるクオリファイングシリーズ(QS)のWQSの大会で日本人初18歳という若さで優勝しました。
現在は好調な活躍で2019年9月のISAワールドサーフィンゲームスの日本代表に選ばれています。この大会はオリンピック出場権の選考に深く関係するため、東京オリンピック2020へ着実に近づいていると言えます。2019年5月に開催された釣ヶ崎海岸での一宮千葉オープンでのQS6000で5位を勝ち取りました。

新井洋人選手

新井洋人選手は東京オリンピック2020では25歳になる選手です。4歳からサーフィンをはじめ、12歳の頃にはすでに活動拠点をオーストラリアに移しています。
2009年14歳の頃、全日本アマチュア選手権ボーイズクラスで優勝し日本のアマチュアのトップに、2010年U-16の世界ジュニアサーフィン選手権では4位に入り、レッドブルアスリートになったのです。レッドブルアスリートとは、レッドブルをスポンサーにもつアスリートのことで、様々なスポーツ種目の一流選手が所属していることから世界でもかなり有名です。2017年に世界サーフィンリーグランキングで日本人トップの26位を達成しています。

五十嵐カノア選手

最も注目されているのが五十嵐カノア選手。日米両国籍を保有し、これまでアメリカ人選手として活躍してきましたが、2017年12月に日本人選手としてオリンピックへの参加を表明しました。
2018年シーズンからWSLの登録籍を日本に変更。9月のISAワールドサーフィンゲームスでは個人で銀メダル、団体で金メダルを獲得しています。2019年シーズンではCT初優勝も飾ったことで、日本人としてもアジア人としても初の快挙となり、世界ランキングも2位に上昇しました。日本人選手としてメダルに最も近い選手と言えるでしょう。

野呂玲花選手

女子選手では野呂玲花選手が注目されています。野呂選手は小学生の頃からサーフィンをはじめ、16歳のときに全日本を制して2年後にプロ転向。2018年10月JPSAショートボード第7戦で優勝を飾り、これまで世界中で上位の成績を収めてきました。世界トップレベルの環境の中で練習を続けています。強化指定選手のA指定を受け、東京オリンピック2020の最有力候補の一人です。

大村奈央選手

波乗りジャパン”女子の絶対的エースと言われ、11歳からサーフィンをはじめ、13歳では早くも日本代表に選ばれています。
2010年18歳のときに日本国内プロリーグ(JPSA)に参戦し、ルーキー・オブ・ザイヤーと年間グランドチャンピオンを史上最年少で獲得しました。2018年1月にはQS6000で9位をとり、CT初戦のROXYPROトライアルで準優勝を果たして好成績を収めました。2018年10月にオリンピックと世界ツアーを控えて、腰の痛みを治すためリハビリを優先しました。

日本人選手としては日本サーフィン連盟らが選出した2019年度の強化指定選手のうち、次期世界大会で4位に入る可能性の高いA指定を受けた男子8名、女子6名が有力候補でしょう。

世界の強豪選手

世界の強豪選手
男子ではジョンジョン・フローレンス(アメリカ)、ジョーディー・スミス(南アフリカ)、ガブリエル・メディーナ(ブラジル)などが活躍しておりかなり手強い強敵です。この他にもこれまでに何度も世界チャンピオンを経験しているケリー・スレーター(アメリカ)がいて、40歳代後半ですが東京オリンピック2020に出場する可能性も十分にあります。
女子ではサリー・フィッツギボンズ(オーストラリア)、コートニー・コンローグ(アメリカ)らが東京オリンピック2020でその実力を見せてくるでしょう。

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